こちらのブログからお引っ越しを行い、刷新いたしました。
新しいアドレスは
http://ameblo.jp/orieiro/
です。
どうぞよろしくお願いします!!
2010年2月10日水曜日
今日のもろもろ
ブログを書きまくっている。
言いたいことが、山ほどあるからだと思う。
(ちょっとツイッター化している…!笑)
まず、朝いち、今日は電車で、Motherhouseの、Maitigarのバッグを持っている方を斜め向かいの席で発見した。前日にMHのブログを読んでて、ほんとにカッコイイ企業だな!って改めて思ってたので、すごいタイミング!と思った。
いいなあ~。私もMotherhouseのバッグほすぃー!
そして、本日は二日目の試験監督。
ド文系道をひた走ってここまで来た私は、数学やら化学の式や記号を見ても、問題文を読んでも、暗号のように見える。
すごぃなー、それを解いているなんて…。何を聞かれているのかも、わからぬですヨゥ!
90分、ほぼ何も読まず、喋らず、見ることと歩くことと座ることしかしない時間を経験してみて、私は、「話す」ということ、人とコミュニケーションするということが、自分にとっていかに大切かを思い知った。
まず、脳の機能が、停滞してくる(気がする)。
そして、余りに静かな空間の中、沈黙しているその状況で、頭の中では、意味をなさないフレーズなどが、勝手にぐるぐるとループし始める。そして、止まらない…。(私だけかもしれないけど…)
休み時間に入って、同じ教室担当の先生方とお話するのの、楽しいのとホッとするのといったら…
人と接することが好きなんだなあって、なんだか改めて実感した。
言いたいことが、山ほどあるからだと思う。
(ちょっとツイッター化している…!笑)
まず、朝いち、今日は電車で、Motherhouseの、Maitigarのバッグを持っている方を斜め向かいの席で発見した。前日にMHのブログを読んでて、ほんとにカッコイイ企業だな!って改めて思ってたので、すごいタイミング!と思った。
いいなあ~。私もMotherhouseのバッグほすぃー!
そして、本日は二日目の試験監督。
ド文系道をひた走ってここまで来た私は、数学やら化学の式や記号を見ても、問題文を読んでも、暗号のように見える。
すごぃなー、それを解いているなんて…。何を聞かれているのかも、わからぬですヨゥ!
90分、ほぼ何も読まず、喋らず、見ることと歩くことと座ることしかしない時間を経験してみて、私は、「話す」ということ、人とコミュニケーションするということが、自分にとっていかに大切かを思い知った。
まず、脳の機能が、停滞してくる(気がする)。
そして、余りに静かな空間の中、沈黙しているその状況で、頭の中では、意味をなさないフレーズなどが、勝手にぐるぐるとループし始める。そして、止まらない…。(私だけかもしれないけど…)
休み時間に入って、同じ教室担当の先生方とお話するのの、楽しいのとホッとするのといったら…
人と接することが好きなんだなあって、なんだか改めて実感した。
2010年2月8日月曜日
つれづれ試験カントク
あたしは思う。
思い込んだモン勝ち。
人生はストーリー。
こんなストーリーを演じきるんだって、思い込んだらしめたもの。
どんな役者にだってなれるって、思い込んだそのときが始まり。
山あり谷あり。
だけど失敗しても、ストーリーは塗り替えられると思う。
今日、入試監督のバイトをしながら、
目の前にいるこの子たちは、ひとりひとりがこれからどんなストーリーを描いていくんだろうって、思ってた。
高校生のときの自分は、夢見がちで、深い思索なんてすることもなく、生きる意味なんて考えることもなく、ただひたすら有り余るエネルギーを毎日使い果たすためにがむしゃらに生きていた。
この子たちは、今は目の前の大学入試という大きな壁を乗り越えるために、必死なんだろうなあ。
長い時間かけて、この日のために準備してきたんだろうなあ。
そんなことを思った。
画一的な答えを、求められた解答を、埋めるのが試験。
興味深く、また議論の種になりそうな本の一節も、試験問題として出題されると、○か×か、漢字の読み仮名を導き出すための、無味乾燥な文の羅列に見えてしまう。
あたしは、高校生のとき、こんな文章の味わい深さも、そこに埋め込まれた考えも、ほとんど何もわかっていなかったと思う。
ただ、○や×、求められた答えを引き出すために読んでいた。
ひとりひとりの子どもが、ストーリーを描くことを、阻害しないような大人になりたい。
大人がそういう社会を作っていかないといけない。
漠然と、そんなことを思ってた。
思い込んだモン勝ち。
人生はストーリー。
こんなストーリーを演じきるんだって、思い込んだらしめたもの。
どんな役者にだってなれるって、思い込んだそのときが始まり。
山あり谷あり。
だけど失敗しても、ストーリーは塗り替えられると思う。
今日、入試監督のバイトをしながら、
目の前にいるこの子たちは、ひとりひとりがこれからどんなストーリーを描いていくんだろうって、思ってた。
高校生のときの自分は、夢見がちで、深い思索なんてすることもなく、生きる意味なんて考えることもなく、ただひたすら有り余るエネルギーを毎日使い果たすためにがむしゃらに生きていた。
この子たちは、今は目の前の大学入試という大きな壁を乗り越えるために、必死なんだろうなあ。
長い時間かけて、この日のために準備してきたんだろうなあ。
そんなことを思った。
画一的な答えを、求められた解答を、埋めるのが試験。
興味深く、また議論の種になりそうな本の一節も、試験問題として出題されると、○か×か、漢字の読み仮名を導き出すための、無味乾燥な文の羅列に見えてしまう。
あたしは、高校生のとき、こんな文章の味わい深さも、そこに埋め込まれた考えも、ほとんど何もわかっていなかったと思う。
ただ、○や×、求められた答えを引き出すために読んでいた。
ひとりひとりの子どもが、ストーリーを描くことを、阻害しないような大人になりたい。
大人がそういう社会を作っていかないといけない。
漠然と、そんなことを思ってた。
2010年2月4日木曜日
すてきな日
今日は、すてきな日だった。
まず、学部のゼミの現役生の、卒論発表会に行かせてもらった。
みんな、それぞれ面白いテーマで発表してた。一個下の子たちは、私たちの学年よりおとなしかったけど、みんな真面目だし、「やる」子たちなんだろうなあ、てなんとなあく思ってたら、やっぱり、「やる」子たちだな~と思った。すごく興味深いテーマが多くて、面白かった。もちろん本文をちゃんと読んではいないけれど、いやー、みんな、書いてるなあ~。あたしはあんなに書けてなかったと思う、正直…笑。すごいなあ!!
それがまず嬉しかったし、先生もお元気そうで、何か、やっぱり、先生のコメントって、的を射てるというか、非常に的確だなあ、と改めて感心。
自分が四年生だったときを思い出して、やっぱり私は、世の中というもの全般に対して、斜に構えてたなあ、と思った笑。(今もまだそうだけど。笑)
それから、夜は、大学院の同じ研究科で同じM1の方のお家での、打ち上げパーティにお招きいただいた。
(奥さん身重なのに、てきぱきと働いて下さって…、あー、なんかもう。お手製ギョウザおいしかったです…)
それぞれ一品持ちよりで、非常に豪華だった。美味しいものずらり。皆さん、素晴らしすぎる。手作りって、素敵すぎる…。
節分だから恵方巻きまで用意して下さってて、みんなでがぶりした♪
社会人の方が多い大学院だから、学部あがりの5人以外は、年齢もばらばら、経験もばらばらな方がたが集まっていらっしゃって、そんな方がたと、こんな風に触れ合えること自体、嬉しいし、楽しい。
皆さん、なんていうか、非常に落ち着いてて、そしてこんな生ちゃんの若造に対しても、同じ目線で話して下さるし、とても優しくて、何より素敵です。何か、安心しちゃう…。
また4月から、というか、明日から、がんばろう!!って思えた。
ああー、楽しかったなあ。幸せな時間を、本当にありがとうございました(^^)
感謝、感謝、です。
親の旅行をいいことに、次の日から即行門限を破り放題の、一時的一人暮らし気分な私は、少々図に乗っていますが…(正確には兄と二人。)
とにかく、
すてきな日、すてきな夜に、本当に感謝。
元気な赤ちゃんが、生まれてほしいものです★
まず、学部のゼミの現役生の、卒論発表会に行かせてもらった。
みんな、それぞれ面白いテーマで発表してた。一個下の子たちは、私たちの学年よりおとなしかったけど、みんな真面目だし、「やる」子たちなんだろうなあ、てなんとなあく思ってたら、やっぱり、「やる」子たちだな~と思った。すごく興味深いテーマが多くて、面白かった。もちろん本文をちゃんと読んではいないけれど、いやー、みんな、書いてるなあ~。あたしはあんなに書けてなかったと思う、正直…笑。すごいなあ!!
それがまず嬉しかったし、先生もお元気そうで、何か、やっぱり、先生のコメントって、的を射てるというか、非常に的確だなあ、と改めて感心。
自分が四年生だったときを思い出して、やっぱり私は、世の中というもの全般に対して、斜に構えてたなあ、と思った笑。(今もまだそうだけど。笑)
それから、夜は、大学院の同じ研究科で同じM1の方のお家での、打ち上げパーティにお招きいただいた。
(奥さん身重なのに、てきぱきと働いて下さって…、あー、なんかもう。お手製ギョウザおいしかったです…)
それぞれ一品持ちよりで、非常に豪華だった。美味しいものずらり。皆さん、素晴らしすぎる。手作りって、素敵すぎる…。
節分だから恵方巻きまで用意して下さってて、みんなでがぶりした♪
社会人の方が多い大学院だから、学部あがりの5人以外は、年齢もばらばら、経験もばらばらな方がたが集まっていらっしゃって、そんな方がたと、こんな風に触れ合えること自体、嬉しいし、楽しい。
皆さん、なんていうか、非常に落ち着いてて、そしてこんな生ちゃんの若造に対しても、同じ目線で話して下さるし、とても優しくて、何より素敵です。何か、安心しちゃう…。
また4月から、というか、明日から、がんばろう!!って思えた。
ああー、楽しかったなあ。幸せな時間を、本当にありがとうございました(^^)
感謝、感謝、です。
親の旅行をいいことに、次の日から即行門限を破り放題の、一時的一人暮らし気分な私は、少々図に乗っていますが…(正確には兄と二人。)
とにかく、
すてきな日、すてきな夜に、本当に感謝。
元気な赤ちゃんが、生まれてほしいものです★
2010年2月3日水曜日
雪化粧の帰り道
昨日(2月1日)の夜、東京にすごい雪が降って、まるで東京じゃないみたいだった。
駅から歩いて帰るのが、少し楽しかったから、昨日の日記を、そのまま書く。
*******
今日、東京はすごい雪だった。
大学に行って、夜帰るとき、道がまっ白でびっくりした。
こんなに降るなんて久々だ。
雪は白いから、不思議と夜道もいつもより明るくて、夜中だったけど一人駅から歩いて帰っても、なんだか怖くも寂しくもなかった。
むしろ、雪の降る光景に見とれて、しばしわくわくしていた。
木の枝にうすく積もった雪が街灯の明かりに照らされて
きらきらと輝きを放つその美しさ。
いつもの帰り道も、白く舞い散る雪の効果で何だか異国にいるような気分になった。
授業で前に読んだ、アリステア・マクラウドの『冬の犬』を思い出した。あれはカナダの話だ。
ああ、冬のカナダの雪景色は、厳しくも美しいのだろう。。。
来月はバンクーバー五輪だしな…
あー、カナダに行きたくなってきた。。。
********
とりとめもない妄想にて結。
すっかり溶けちゃって、昨日の光景はあっという間にどこかへ行ってしまった。
駅から歩いて帰るのが、少し楽しかったから、昨日の日記を、そのまま書く。
*******
今日、東京はすごい雪だった。
大学に行って、夜帰るとき、道がまっ白でびっくりした。
こんなに降るなんて久々だ。
雪は白いから、不思議と夜道もいつもより明るくて、夜中だったけど一人駅から歩いて帰っても、なんだか怖くも寂しくもなかった。
むしろ、雪の降る光景に見とれて、しばしわくわくしていた。
木の枝にうすく積もった雪が街灯の明かりに照らされて
きらきらと輝きを放つその美しさ。
いつもの帰り道も、白く舞い散る雪の効果で何だか異国にいるような気分になった。
授業で前に読んだ、アリステア・マクラウドの『冬の犬』を思い出した。あれはカナダの話だ。
ああ、冬のカナダの雪景色は、厳しくも美しいのだろう。。。
来月はバンクーバー五輪だしな…
あー、カナダに行きたくなってきた。。。
********
とりとめもない妄想にて結。
すっかり溶けちゃって、昨日の光景はあっという間にどこかへ行ってしまった。
2010年1月31日日曜日
ロマン
養老孟司さんは、すてきなおじいちゃんだと思う。
前『いちばん大事なこと―養老教授の環境論』という新書を読んだ。
へー!!!と思った。ほんとに。
もう、なんというか、真理だよねこれ、と思った。ほんとに。
なんてスマートに、そうだということを表現してくれるのでしょう。
そして今日、養老さんが毎日新聞に江戸時代を舞台にした小説の書評を書いてた。(毎日新聞は毎週日曜に新刊の書評の記事があって、結構面白い)
この書評が、またいい。
何がいいって、
養老さんいわく小説の良さは、
「ロマン」だそうで。
その「ロマン」てことばの使い方が良かった!
嗚呼、「ロマン」て
普段、真面目に口にすることってないし、何か、すこーし、気恥かしい感じがしなくもないけど、でも、良いことばだよなあ~。
だって、良く考えたら、「ロマン」がなかったら、世の中ってつまらなそうじゃん。
ロマンて、良い響きだな~。養老さんのおかげで見直した。もう「きゅん」です、「きゅん」W
養老さんは、現代にはロマンが足りんと、そう思っているらしい。
ロマンて、ローマから来たのかな。語源。roman?
何で夢見てる人はロマンチストとかって、言うようになったんだろう。ローマ人てドリーマーだったのかな。
浪漫は当て字だろうな。でもこれもちょっと粋ね。
兎にも角にも、ロマンて、いいね。
お兄ちゃんもおねえちゃんも、クールなふりしてないで、ロマン、見直そうぜ。
前『いちばん大事なこと―養老教授の環境論』という新書を読んだ。
へー!!!と思った。ほんとに。
もう、なんというか、真理だよねこれ、と思った。ほんとに。
なんてスマートに、そうだということを表現してくれるのでしょう。
そして今日、養老さんが毎日新聞に江戸時代を舞台にした小説の書評を書いてた。(毎日新聞は毎週日曜に新刊の書評の記事があって、結構面白い)
この書評が、またいい。
何がいいって、
養老さんいわく小説の良さは、
「ロマン」だそうで。
その「ロマン」てことばの使い方が良かった!
嗚呼、「ロマン」て
普段、真面目に口にすることってないし、何か、すこーし、気恥かしい感じがしなくもないけど、でも、良いことばだよなあ~。
だって、良く考えたら、「ロマン」がなかったら、世の中ってつまらなそうじゃん。
ロマンて、良い響きだな~。養老さんのおかげで見直した。もう「きゅん」です、「きゅん」W
養老さんは、現代にはロマンが足りんと、そう思っているらしい。
ロマンて、ローマから来たのかな。語源。roman?
何で夢見てる人はロマンチストとかって、言うようになったんだろう。ローマ人てドリーマーだったのかな。
浪漫は当て字だろうな。でもこれもちょっと粋ね。
兎にも角にも、ロマンて、いいね。
お兄ちゃんもおねえちゃんも、クールなふりしてないで、ロマン、見直そうぜ。
2010年1月25日月曜日
根源
世界に憤りを感じてた。
TVとかで戦争とか貧困とか、そういう「途上国」の状況を見て、何で自分の今いるこの環境と、こんなにも違う世界が、同じ地球上に存在してるのか疑問だった。
どうしてだろう。何でだろう。
それが知りたかった。
よくよく色んなことを見てみたら、
もともとは豊かな先進国が作り出したものだと思った。そして、人間の欲。
しかも、
「途上国」という場所のひとびとは必ずしも
「助けてあげるべき」かわいそうな人ではなかった。
むしろ、
日本のように豊かな国の中に
本当に色んな問題があることが、わかった。
こころの問題。たくさんの孤独。
色んな場合があるけれど、
ときに 「途上国」と呼ばれる場所の人たちの方が
生きる力に長けている。
そして
「幸せ」なんじゃないか。
そんな風にも思うようになった。
私は
何かしたい、どうにかしたい
と思っていた自分の浅はかさを知った。
そして、
本当は
誰かの「役に立つ」ことで
自分の生きてる意味を感じたかった。
必要とされている人間だって、感じたかった。
本当は、ただそれだけだったんだと思う。
「そこ」にしか
自分の居場所はないんじゃないかって
思ってた。
世界に取り残された人たちと
社会に取り残されそうだと思いこんでいる自分を、
重ねて考えていたのかもしれない。
漠然と
国際協力したい、と思っていたけれど
救われたいのは自分の方だった。
そして、今
私は自分の周りの人さえ
大切にできてないではないか。
大きな、大きなことを考えすぎていたんだと思う。
私の生きているうちに、世界ががらりと転換することはないだろう。
そんな単純なことに、やっと気づいた。
少しずつ少しずつしか、物事は進まない。
私はつっぱっていた。
お金も物も食べ物もあふれていて、
何ひとつ不自由なく見える日本。
だけど、どこか居心地の悪い喧噪。皆が右にならえ、みたいな、感じ。
世の中を斜めに見ていた。
大切なものを、この国の人たちは忘れてしまったんだ、とか
そんなことを思ってた。
私はそんなことを考える自分が好きじゃなかった。
どこかずれてる自分が嫌だった。
溶け込みたくて、もがいてた。
周りの空気を気にするくせはいつからか。
ずれないためにびくびくしてた。
そんなくそチキンやろうだった。
小さいときに連れていかれた海外も
地元の小さな世界で、友達と遊んでいる方がよっぽど楽しい、と思っていた。
というか、
周りの友だちと話が合わなくなっていくのが嫌だった。
私には
いつも心のどこかに冷めた自分がいた。
そんな自分とは、
もうさよならしたい。
バランスをとりながら、
大切な人を
大切にする。
そんな普通のことを、普通にやる。
それでいいのだ。
それがいいのだ。
確かに私は変だけど
その変な自分のことを認めてあげなきゃ
大切なひとたちのことも
ちゃんと愛せないと思うから。
苦しいこと、自分の駄目なところを
ちゃんと正面から受け止めて、
ちょっとずつ、前に進もう。
TVとかで戦争とか貧困とか、そういう「途上国」の状況を見て、何で自分の今いるこの環境と、こんなにも違う世界が、同じ地球上に存在してるのか疑問だった。
どうしてだろう。何でだろう。
それが知りたかった。
よくよく色んなことを見てみたら、
もともとは豊かな先進国が作り出したものだと思った。そして、人間の欲。
しかも、
「途上国」という場所のひとびとは必ずしも
「助けてあげるべき」かわいそうな人ではなかった。
むしろ、
日本のように豊かな国の中に
本当に色んな問題があることが、わかった。
こころの問題。たくさんの孤独。
色んな場合があるけれど、
ときに 「途上国」と呼ばれる場所の人たちの方が
生きる力に長けている。
そして
「幸せ」なんじゃないか。
そんな風にも思うようになった。
私は
何かしたい、どうにかしたい
と思っていた自分の浅はかさを知った。
そして、
本当は
誰かの「役に立つ」ことで
自分の生きてる意味を感じたかった。
必要とされている人間だって、感じたかった。
本当は、ただそれだけだったんだと思う。
「そこ」にしか
自分の居場所はないんじゃないかって
思ってた。
世界に取り残された人たちと
社会に取り残されそうだと思いこんでいる自分を、
重ねて考えていたのかもしれない。
漠然と
国際協力したい、と思っていたけれど
救われたいのは自分の方だった。
そして、今
私は自分の周りの人さえ
大切にできてないではないか。
大きな、大きなことを考えすぎていたんだと思う。
私の生きているうちに、世界ががらりと転換することはないだろう。
そんな単純なことに、やっと気づいた。
少しずつ少しずつしか、物事は進まない。
私はつっぱっていた。
お金も物も食べ物もあふれていて、
何ひとつ不自由なく見える日本。
だけど、どこか居心地の悪い喧噪。皆が右にならえ、みたいな、感じ。
世の中を斜めに見ていた。
大切なものを、この国の人たちは忘れてしまったんだ、とか
そんなことを思ってた。
私はそんなことを考える自分が好きじゃなかった。
どこかずれてる自分が嫌だった。
溶け込みたくて、もがいてた。
周りの空気を気にするくせはいつからか。
ずれないためにびくびくしてた。
そんなくそチキンやろうだった。
小さいときに連れていかれた海外も
地元の小さな世界で、友達と遊んでいる方がよっぽど楽しい、と思っていた。
というか、
周りの友だちと話が合わなくなっていくのが嫌だった。
私には
いつも心のどこかに冷めた自分がいた。
そんな自分とは、
もうさよならしたい。
バランスをとりながら、
大切な人を
大切にする。
そんな普通のことを、普通にやる。
それでいいのだ。
それがいいのだ。
確かに私は変だけど
その変な自分のことを認めてあげなきゃ
大切なひとたちのことも
ちゃんと愛せないと思うから。
苦しいこと、自分の駄目なところを
ちゃんと正面から受け止めて、
ちょっとずつ、前に進もう。
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